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JBJBマスターズ第2戦サンラインCUPストーリー

2019年 04月20日()〜04月21日() 三重県 三瀬谷ダム

JBJBマスターズ第2戦

サンラインCUP

2019年 04月20日()〜04月21日()

三重県 三瀬谷ダム

ストーリー

JBマスターズの恒例となった春の三瀬谷戦。実力派の若手選手が台頭する中で、今大会を優勝で飾ったのは、誰よりも練習する努力の人、TOP50メンバーの横山朋毅選手だった。
横山選手がバストーナメントに本格参戦したのは高校1年のとき。1989年(平成元年)のNBCジュニアオープンシリーズがその始まりだ。この年、ジュニア西日本シリーズで総合3位、ジュニアバスクラシックで準優勝。クラシック制覇は山下高弘選手(現JB副会長)に阻まれたが、平成時代の最初から終わりまでを一心不乱にバストーナメントに打ち込んできた男がついにJB初優勝を成し遂げた(JB2では優勝経験あり)。

DAY1
増水でウェイイン率が上昇。
中澤 諒選手が1本2,516gで初日トップ

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三瀬谷ダムは同じ紀伊半島に位置する池原・七色ダムと比べるとスポーニングシーズンは遅く、GW明けに例年そのピークを迎える。ただ、今シーズンは暖冬の影響か、魚の動き出しが全国的に早く、今大会のプリプラにおいても好感触をつかんでいた選手は多かった。
そして迎えた大会初日、ウェイイン率は53%と大幅に上昇した。約半数がノーフィッシュということでタフコンディションではあるが、前年が31%、2017年が14%、2016年が36%だから、この数年の三瀬谷ではハイスコアとなった。
前年との大きな違いは水位で、昨年は減水、今年は3月中旬から水位が高くなり、大会当日は超満水。陸生植物が水中でゆらめいているショアラインも各所で見られた。さらに13℃台だった表層水温が一気に16℃台まで上がる陽気と大潮なども重なり、魚がシャローへ上がりやすい条件が揃っていたといえるだろう。
大会初日にトップウエイトをマークしたのは、本田木屋手前のクリークで2,516gのビッグバスを仕留めた中澤 諒選手だった。時間は10時を回り、上がりたてのバスを2本見つけ、そのうちの1本を水深30〜40cmにあるレイダウンに三原虫を絡めて口を使わせることに成功した。
初日は4位までが2kgをクリア。数少ないグッドサイズが順位を大きく左右し、中澤選手は1本で暫定首位に立った。

DAY2
サイズUPでビッグウエイト続出。
小林 翼選手が3本で2,932g!

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中〜下流域のシャローを叩き合った初日。クリーク、本流ともに魚が上がりやすい場所はフィッシングプレッシャーも高まった。さらに厳しくなることが予想される中で2日目がスタートした。
しかし、満水と水温上昇で新たな魚が供給されたのか、上位陣のウエイトは初日を大きく上回り、ウエイイン会場に持ち込まれた1本あたりのアベレージウエイトも初日の487gから519gに上がった。
牧野綱汰選手は1本ながら2,704gで単日3位。皆葉勝美選手は3本2,790gで同2位。そして小林 翼選手は3本で2,932gという2日目のトップウエイトを叩き出した。
小林選手は会場のすぐ下流のカバー(ブッシュ)でキッカーフィッシュをキャッチ。リグはホッグ系ワームの5g直リグだった。
2日目は上位3選手が2kgをクリアしたが、なんと上位5選手が初日ノーフィッシュの選手たち。マスターズは2日間の合計ポイントで順位が決定するため、2日間ともに魚をキープした選手の上位争いとなった。

総合成績

初日に出遅れた選手の巻き返しで混沌とする総合成績。ウイナーの予想がつかない表彰式となった。
まず5位で名前を呼ばれたのが2016年までTOP50メンバーだった薮田和幸選手。2年間JBプロトーナメントから離れていたが、琵琶湖へ移り住んでマスターズから復帰。今回は会場から下流の冠水植物が広がる300mほどのストレッチをセクシーアンクルのネコリグで攻略した。バイトに持ち込んだのはかなりの浅場で、初日4本(1,332g)10位、2日目は1本(752g)19位、トータル233P(260満点)を獲得。復帰2戦目でお立ち台に上がった。
第4位はすっかりマスターズの人気者となったミゲルサントス選手。会場から上流2本目のクリークから赤い橋までにエリアを絞る。プリプラから好感触をつかんでいたビッグベイトで誘い出し、浮かせたところをダウンショットでフォローするコンビネーションで初日1本(1,122g)15位。2日目はさくらの里公園エリアのネストに絡むバスをダウンショットで2本(998g)キャッチして14位。5位の薮田選手と同ポイントの233pながらトータルウエイトで上回った。
第3位には中〜下流全域のクリークやレイダウンの周りをうろつくバスをヴェインパワープラスのダウンショットとネコリグで攻略した斎藤哲也選手が入賞。ショートリーダーのダウンショットが効果的で、初日に4本(2,178g)をキープして4位に付け、2日目1本(672g)でスコアを崩すも順位を1つ上げた。
惜しくもウイナーと1P差の準優勝は吉田尚晃選手。同選手は会場下流にある最初の岬までのストレッチを攻める。エリアは5位の薮田選手とかぶり、ベイトフィネスのネコリグを枝に引っ掛けては落とすアプローチで結果を出した。キャッチしたキーパーは2日間とも3本。グッドサイズに恵まれなかったが、初日(1,260g)11位、2日目(1,118g)13位という安定したスコアで上位に食い込んだ。
そして優勝は、横山朋毅選手。同選手はローボートやカートップボートでのトーナメント出場が長かった経験から、機動力を補うために長期プラクティスでしっかりとエリアを絞り込み、そのエリア内で小刻みにランガンするスタイルで結果を出してきた。今回も下流のクリークを中心にエリア戦略を立て、初日はクリークマウスのカバーをベイトフィネスで撃ち抜いて1本(1,130g)14位。2日目は同じクリークマウスの下流側をライトキャロ(2.7g・リーダー70cm)でキーパーをキャッチし、ネコリグのロングタイムシェイクなどでグッドサイズを揃えて3本(1,524g)9位でフィニッシュ。自身が手掛けるスナイプのルアー軍とエリアの絞り込みが的中して優勝カップを手中にした。

「令和になっても変わらないですよ、僕は」
By 横山朋毅

横山朋毅選手は1973年生まれの45歳。自身の目標は「トーナメント活動を長く続けること」だという。
バスフィッシングと出会ったのは中学2年のとき。まだこの釣りを始めたばかりのときに西の湖で開催された新聞社主催のトーナメントに出場し、この大会で上位入賞を果たした東レ・ソラロームチームの小笠原健一さんと今江克隆さんの活躍を見て、「この世界で生きていく」ことを決めたという。それ以来、目標はまったくブレない芯の強さでJB・NBCトーナメントに参戦し続けている。
上位カテゴリーに強く興味を抱くようになったのは、TOP50の前身であるJBワールドシリーズ初年度の開幕戦(1997年)が当時のホームレイクである生野銀山湖で開催されたときだった。この年まで銀山湖で開催されていたチャプターシリーズで圧倒的な強さを誇っていた横山選手は「銀山湖で3年連続シリーズ総合優勝の自分がなぜ観る側なんだろう?」と思い、ステップアップを決意したという。
TOP50には2007年に昇格。最初の4年間はカートップ(シーニンフ12K)、2011年からサウザー395で参戦し、今に至る。大型バスボートが当たり前の世界へスモールボートで挑むことに周囲から「無謀だ」との声が上がるも、横山選手は決してブレなかった。
そして横山選手を語るうえで欠かせないのが豊富な練習量。TOP50シリーズのプリプラは平均して2週間行い、その間の宿泊はほとんど車中泊。食事もレトルトが多くなるが、トーナメント活動を続けることが目標なので、その生活も苦にならないという。
横山選手は稼業を手伝いながらも、「釣りで稼いだお金でトーナメント活動をやり繰りする」という自分の中での決めごとがある。自分が使いたいエコルアーを作ろうと立ち上げたブランド「スナイプ」も順調にそのファンが増え、軌道に乗り始めた。
今大会の表彰式後、横山選手にいろんな話を聞かせてもらい、その最後に「令和になっても変わらないですよ、僕は」と言い残した。
確かに、これまで多くのJBプロを見てきたが、これほどまでに変わらない選手は珍しい。背伸びをせず、自然体。だけど少しずつ前進している。トーナメントフリークがようやく辿り着いたJB1勝。見えない記録だが、その継続力はJBプロNo.1かもしれない。

写真・レポート:バスマガK

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